2012年05月01日

「七夕for七夕」 この想いから「ずっと...」は始まりました

5月4日の杜の宮市で「ずっと...」のブースを運営してくださる方々から、「七夕for七夕」について掲示物を作るよう言われたので、趣旨をまとめてみました。

 


 

「七夕for七夕」 この想いから「ずっと...」は始まりました



 



2011年。

4月になっても、支援活動が広がらなかった、この大きなまち、一宮。



「杜の宮市」や、七夕市民化活動の「ラブたな」、コミュニティ施設「com-cafe三八屋」や一宮地ビール工房「一宮ブルワリー」運営・・・ 志民連いちのみやは、一宮で長く まちづくり 活動を継続してきた団体で、防災や災害支援は得意とする活動ではありません。しかし、何も動かないこの地域で、私たちは、支援と防災へ声を上げるしかないと考えるようになりました。



4月後半から様々な人に声をかけ始め、5月初に一度目の視察行きました。5月15日「ずっと...」と名付けたミーティングを開催し、50人ほどの方々と議論を始めました。「ずっと...」のウエブ上のネットワークには100人以上の方々が、参加してくださいました。



その最初の一粒となった活動が「七夕for七夕」〜七夕のまち一宮から、東北の七夕、仙台七夕を支援しようという活動です。



この活動は、安城の七夕と密接な関係があります。というより、安城の東北支援、七夕支援に支えられました。安城七夕で市民ボランティア団体「チーム
ラブタナバタ」をけん引する小島さん。震災後すぐに活動をスタートしたあいちネットの天野さん。そうした方々の情報や人間関係を通じて活動は実効性を得てきました。



この間、仙台七夕の姿勢も変わりました。5月に訪問した時には外部からの短冊等は受け入れないという立場でしたが、徐々に変化をし、やがてメインストリートの定禅寺に「祈りの広場」が設けられ、世界中から54団体の支援飾りを受けるようになりました。愛知県からは4団体で、そのうちの一つが志民連いちのみや。私たちはすべて自分たちのお金で仙台までバスで行き、「祈りの広場」に300の飾りをつけ、現地の方々と交流をしました。



このまちで働き、このまちで家族を守り、生きていく私たち。

長期のボランティアも、多額の寄付もできない。

それでも、支援はしていきたい。

ずっと...



そうした想いから始まった「ずっと...」は、私たち自身が私たち自身を、家族を守る力をつけ、また他者と支え合える(かもしれない)地域資源をつくっていく作業でもあると信じています。



このまちで、少しずつ。そのかわり、ずっと。

そうした活動の始まりが、この「七夕for七夕」でした。





2012年5月4日 特定非営利活動法人志民連いちのみや
理事長 星野博

posted by 星野放胆屋 at 07:28| Comment(0) | TrackBack(0) | report